人間関係の心理のあれこれ

人間関係が怖いを楽にする方法についてつらつら綴っていきます。

「他人の目」を意識しすぎるな

「亭主の好きな赤烏帽子」という諺がある。


だれが見ても派手で人目をひく赤い烏帽子を、わが家の亭主はことのほか気に入って、家人としては恥ずかしいのでやめてほしいのだが、本人は一向に聞き入れず、得々としていつも頭にのせて悦に入っているといった情景が思い浮かぶ。


知人のO氏は、ある大企業グループの社内報を一人で一手にひきうけて編集発行している。


彼の天衣無縫なお人柄を反映した幅広い取材とユニークな編集ぶりによって、社内報としては破格の高い格調を誇っている。


このO氏にはいくつかの風変わりな”楽しみ”がある。


その一つに「歯をせせること」がある。


食事やおやつのあと、O氏はつま楊枝で歯をせせる。


次第に楊子の先がささくれてくると、楊子を半分のところでやおらゆっくり祈って、二片をそうっと左右にひきはなす。


折れてた断面に生ずるささくれで、O氏は歯の間の歯ぐきの上を優しくなでるようにしてうちそとにせせるという。


楽しみのもう一つは、アイデアに行き詰まると台所にやってきて、まな板の上に大根、ニンジンとありとあらゆる野菜をのせては、これを切り刻むというのである。


そうやって包丁をさばくうちに、ふと創造的な発想がひらめくのを待つのだそうだ。


世田谷に在住するO氏の家には、日頃、様々なセールスマンの訪問が絶えないが、先日は奇しくも自動歯磨き機と自動野菜調理器のセールスマンが前後して訪れた。


両者ともO氏にとっては世の楽しみを奪うもので、セールスマン諸君が腕によりをかけて”文明の利器”たるゆえんを力説しても、O氏が受け付けるはずがなく、刀折れ矢尽きた形で彼らはひきさがっていったという。


私たちの心身をストレスフルなものにする要因(ストレッサー)の大きなものに、”他人の目”がある。


己れの思考や行為に対する他からの評判をきにすることは、はなはだしく心身の緊張をよび、いたくエネルギーを消費することになる。


事がO氏の場合のように習慣や癖といった”赤烏帽子”の範疇にとどまる場合はともかく、仕事や対人関係、更には生き様にまでおよぶとき、他からのまなざしの中で、己れの信ずるところを見定めうるか否かはストレスの大小に大きくかかわってくる。


ある調査によると、「人生の中で自分の評価をもっとも明確に確認できるのはどのようなときか」という質問に対して、調査対象の成人の80%近くが「上司や同僚あるいは他から自分の仕事ぶりや行為について高い評価を受けたり、ほめられたりするとき」といった答えをあげている。


しかし、現代社会のようにあらゆる面でより完全に、より正確に、より高く、より速く、より大量に・・・といった要求に迫られるとき、他からの評価に頼るような自己信頼、自己評価確立の手立てはあまりにもリスクが大きく、かえって大きな混乱の中に身を投ずる結果を招く。


このようなとき、もっとも大切なことは、冒頭にもあげた自分にとっての”赤烏帽子”とは何であるか―他の人が何と言おうとも自分はどう思うのか、という問いに立ちかえることである。


他人に何か言われて心騒ぐとき、この問いを自らのうちに向けて己れのスタンスを見つめ直すことは、ストレスマネジメントの大切なポイントである。