2022年6月のブログ記事
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技術軽視論者への第三の反論は、技術だけが個別に存在しているわけではないということである。 なぜそうするのか(技術)という理由がある。 その理由の出処は理論であり感情である。 理論あるいは感情の支えなしには技術を提唱するわけにはいかない。 たとえば、人の話に耳を傾けよ―「傾聴」とか「受容」という技術... 続きをみる
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どうすれば融通の利かない道徳家の心境から解脱できるか。 自分は今やおとなである、ということを絶えず自分にいいきかせることである。 大人であるから子どものように人に気兼ねすることはない。 責任さえ甘受する覚悟であれば、自分のしたいようにすればよい。 子どもは責任を甘受する能力がないから、親の与えた道... 続きをみる
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さまざまの人間と接しているうちに、どうしても、あの彼、あの彼女とは深く付き合いたくない、縁を切りたいということもある。 深く付き合いたいが相手がこちらを好いてくれないこともある。 あるいは相互に深く付き合いたいが、なかなか心が今一つふれあわないことがある。 これは止むを得ない。 そう考えるべきであ... 続きをみる
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