開き直ったとたんに「新しい自分」が飛び込んできた
結核に罹患した神経症の男子学生のAさんは実家で休養していた。
そして薬を摂取し安静の毎日を過ごしていた。
ところがどうしても気分が落ち着かず、死の不安におののき、不眠が続いた。
ささいなことにすぐ立腹し、母親に茶碗を投げつけたり、お膳をひっくり返したりしたこともある。
家族は腫れ物にでもさわるようにAさんを扱った。
どのように優しくされても、Aさんの気持ちはおさまらなかった。
天を恨み、神をのろった。
Aさんの父は歯科医で山奥の僻地に分院をもち、そこにはAさんの姉が農村の人たちを相手に小さな歯科医院を開業していた。
Aさんの荒れ狂う状態を見るに見かねた両親は、Aさんを山奥の姉のもとで静養させることにした。
山奥には映画館もなければ、まともな本屋もなかった。
目の前には大きな山がそびえ立ち、居間の窓を開けると清流が音をたてて流れていた。
空気は冷たく、澄んでいた。
小鳥たちもよく遊びに来た。
Aさんは姉と二人で生活を始めたが、姉にはかなり遠慮があったので、両親に対するほどはわがままが出なくなった。
何もすることがないので、もっぱら本を読んで過ごすことにした。
姉に頼んでいろんな本を取り寄せた。
哲学や芸術論や宗教の本などを片っ端から読んでいった。
Aさんがもっとも好んで読んだものは、外国の大河小説だった。
これらの古典は、居ながらにして私の人生体験を豊かにしてくれるようだった。
小説の中でAさんは、主人公になりきっていた。
美少女に恋する美青年になることもできたし、人妻を抱くことも、憎い男を殺すことも、世をはかなんで自殺をすることもできた。
病気のことは医者に任せておけばいいんだ、なるようになるさ。
不幸にして死ぬようなことになっても、それはそれでしょうがないじゃないか。
当時、「ケセラセラ、なるようになる」という歌が流行っていた。
この歌詞が妙に自分の心理と重なり、開き直ったような気持ちになったことを覚えている。
一年が経った。
Aさんは丸々と太り、ものに動じない人間になって復学した。
一年休学したので、新しい仲間と一緒になった。
誰もAさんが神経質な人間だったとは思っていないようだった。
Aさんは人間が変わった。
Aさんの性格は完全に変わったのである。
とは言うものの、自分ではまだまだ神経質な面が多分に残っているように思う。
今もって人見知りはするし、飲み会などにはあまり出たがらない。
プレゼンで発表する時も、相変わらず緊張する。
田舎の弟が悪性腹痛のために入院したと聞くと、まんじりともしないで弟のことを心配したりする。
しかし、主観的にも自分の性格は非常に変わったと思うし、客観的にも、「自分は神経質だった」と言っても、誰も信用しないところをみると、やはり変わったとしか言いようがないのである。
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